ある晩、予約のとれない創作和食店でのこと。 「とっておきの日本酒をお持ちしますね」とソムリエが運んできたのは、いつもの徳利とお猪口ではありませんでした。
目の前に置かれたのは、脚の長い繊細なワイングラス。
一瞬、目を疑いました。「日本酒をワイングラスで?」と戸惑いながらも、グラスに注がれた透き通る液体を光にかざし、そっと鼻を近づけてみる。その瞬間、これまで知っていた日本酒とは全く別次元の体験が訪れました。
熟したメロンや洋梨を思わせる瑞々しい果実香が、グラスの中に溢れんばかりに充満し、そのままダイレクトに嗅覚を刺激したのです。「これが、さっきと同じお酒?」と思わず漏らしてしまいそうなほどの変化。
今回は、そんな驚きに満ちた体験を自宅でも再現できる、ワイングラスを使った日本酒の楽しみ方をご紹介します。これは単なる流行ではなく、お酒のポテンシャルを最大限に引き出すための、理にかなった現代的な作法なのです。
なぜ、「ワイングラス」なのか?
日本酒といえば、陶器のお猪口や枡(ます)で飲むのが伝統的なスタイル。もちろん、それには「場の雰囲気」や「口当たりの柔らかさ」という良さがあります。しかし、お酒の「香り」や「繊細な味わい」を分析的に楽しみたい知識層の間では、ワイングラスが標準になりつつあります。
その理由は、グラスの形状(フォルム)にあります。
1. 香りを閉じ込め、解き放つ「ボウル」
ワイングラスの丸みを帯びたボウル部分は、注がれたお酒の表面積を広げ、揮発する香り成分を効率よく空気に触れさせます。そして、すぼまった飲み口がその香りをグラス内部に閉じ込めます。 お猪口では空気中に拡散してしまっていた微細な「吟醸香(ぎんじょうか)」を、逃さずキャッチできるのです。

2. 色調を楽しむ「視覚」の要素
日本酒は「透明」だと思っていませんか? ワイングラス越しに光にかざすと、淡い黄金色(山吹色)や、青みがかったクリスタルなど、銘柄によって美しいグラデーションがあることに気づきます。「目で味わう」ことも、現代的な楽しみ方の重要な要素です。
ワイングラスで輝く日本酒の選び方
すべての日本酒がワイングラスに向いているわけではありません。このスタイルでこそ真価を発揮するのは、主に以下のタイプです。
- 純米大吟醸・大吟醸(薫酒タイプ) 華やかなフルーツや花の香りが特徴のお酒です。ワイングラスで飲むことで、そのアロマが爆発的に広がります。
- スパークリング日本酒 シャンパングラス(フルートグラス)で泡立ちを楽しむのがおすすめ。爽快感と香りの両立を楽しめます。

逆に、熱燗で美味しい「どっしりとした純米酒」などは、陶器の酒器の方がその温かみや旨味を引き立ててくれる場合が多いでしょう。適材適所で酒器を使い分けることこそ、通の楽しみ方です。
焼酎も「香り」で楽しむ時代へ
この「香りを楽しむ」というトレンドは、実は日本酒だけにとどまりません。 「日本酒・焼酎」の現代的な楽しみ方として注目されているのが、香り高い焼酎をワイングラスで飲むスタイルです。
特に最近の芋焼酎には、ライチやマスカットのようなトロピカルな香りを放つ銘柄が登場しています。これらをソーダ割りにしてワイングラスに注げば、炭酸の泡とともに華やかな香りが立ち上り、まるでクラフトジンのような感覚で楽しむことができます。
「焼酎は臭い」という古い固定観念を捨て、ワイングラスを片手にその芳醇な香りの世界へ足を踏み入れてみてください。
いつもの一杯を、特別な体験に
お猪口でクイッと飲む晩酌も素敵ですが、今夜は棚の奥からワイングラスを取り出してみませんか?
注ぐ量は、グラスの膨らみの一番太い部分より少し下まで。 グラスを回して空気に触れさせ(スワリング)、立ち上る香りに目を閉じる。 そして、舌の上で転がすようにゆっくりと味わう。
ただそれだけで、いつもの日本酒や焼酎が、驚くほど豊かな表情を見せてくれるはずです。
